開発途上国における看護活動

出典: 聖路加看護大学史編纂資料室

目次

概要

聖路加女子専門学校、短期大学そして現在の看護大学・大学院の卒業生・修了生が、1960年代から今日まで、開発途上国において看護・助産職の育成や、病院における看護力の向上や母子センターをベースにしたプライマリヘルスケアのシステムづくり等の領域で働いてきました。これらの卒業生・修了生の多くは、日本聖公会等の教会組織、日本キリスト教海外医療協力会(Japan Overseas Christian Medical Cooperative Service (JOCS))や、その他の非政府援助機関、日本国際協力機構(Japan International Cooperation Agency (JICA))、で働いています。全ての卒業生の看護活動を紹介することはできませんが、1年以上の長期に渡って活動した卒業生とその活動を、把握できている範囲で紹介します。

キリスト教系海外医療協力での看護活動

立山恭子さん(1963年専攻科卒)は、1965年(昭和40)から3年間、日本聖公会北東関東教区の親愛修女会の三人のシスターとともに、当時の東パキスタン、バリサール市、オックスフォードミッションが運営している聖アン病院に派遣されました。活動の内容は看護・準助産(Auxiliary Nurse Midwife)の養成と産院の運営指導でした。その後、東パキスタンはバングラデシュとして独立しました。その混乱期の1972年(昭和47)、イギリス人シスター達が帰国した後の聖アン病院で短期の協力をしています。  また、日本キリスト教海外医療協力会のワーカーとして、1960年代後半からは、和田・金田・川口・清水さんらの卒業生が派遣されています。  和田(現 石井)光子さん(1967年専攻科卒)は、1969年(昭和44)から2年間、南インド、オダンチャトラムのクリスチャン・フェロウ・ホスピタル(Chiristican Fellow Hospital)で助産師として活動し、帰国途中には、ネパールでも短期の奉仕をしました。また、当時情報が少なかったアフガニスタンの医療事情を視察し、報告書も書いています。  金田(現 斎藤)洋子さん(1968年卒)は1976年(昭和51)から1981年(昭和56)まで、バングラデシュ・キリスト教協議会の保健プログラムに派遣され、南部低湿地帯(バリサール県とフォリドプール県の県境周辺)に散在する複数の母子クリニックのフィールド・スーパーバイザーとして、全戸訪問を現地のスタッフと実施し、それをもとにした活動を指導しました。  川口恭子さん(1982年卒)は、1982年(昭和57)から三期にわたって金田さんが働いていた同じ地域で、ゴルノディカトリック教会が始めた村づくり、人づくりプログラムにヘルスアドバイザーとして迎えられ、村人の組合活動に結核対策や五歳以下の小児健診等を組み入れ、定着させるシステムづくりに尽力しました。その後、これらの経験をいかしてJOCSのバングラデシュ・ダッカハウスを拠点にアジア地区のワーカーのアドバイザーとして働きました。現在は、JOCS本部でアジア・アフリカで働くワーカーの支援・相談役、海外のワーカー受け入れ先との交渉役として活動されています。  立山恭子さんは、2002年(平成14)から2004年(平成16)までカンボジア事務所代表として派遣されています。  清水範子さん(2007年修了)は、国際看護学の修士課程修了直後に、タンザニア、タボラ大司教区保健部門が管轄する村のプライマリヘルスセンターを中心に母子保健計画をスタッフとともに立案しプログラムを展開しています。  白浜喜恵子さん(1982年卒)は、インマニュエル綜合伝道団からアフリカ、ケニヤ、ケヌエック病院に派遣され、病棟看護師として活動しました。


国際協力機構の海外医療協力での看護活動

国際協力機構の医療協力活動は、技術支援要請のあった国の政府と話し合いで決まった協力ですので、仕事の内容は、全体の看護教育システムや医療環境の充実に関わる活動が多くなります。多くの卒業生が看護教育の専門家や専門病院での看護管理者として活動しています。  1978年(昭和53)から5年間のインドネシア看護教育プロジェクトでは、永野貞さん(1932年卒)がチームリーダーとして、その後藤門政子さん(1937年卒)が看護教育開発センターを拠点としてそのセンター管理や養成学校の教員の協働者として活動しました。タイの看護教育プロジェクトでは、1980年(昭和55)から7年間、日比野路子さん(1941年卒)と津島(現 巻内)優子さん(1970年卒)が保健省看護教育課を拠点に保健省看護教育行政官と協力してタイの看護教育開発活動をしました。  エジプト、カイロ大学小児病院プロジェクト一期(1983—1988年)では、プロジェクトリーダー立山恭子さんのもと、渡辺薫さん(1980年卒)、赤松(現 山崎)美保さん(1979年卒)、小野正子さん(1976年卒)、熊田(現 野田)洋子さん(1971年卒、2002年博士課程修了)が小児看護の質向上のために活躍しました。  パキスタンの看護教育プロジェクトでは、1987年(昭和62)から第一期3年間、田代順子さん(1972年卒)と山本あい子さん(1975年卒、1982年修士課程修了)は、医科学研究所・看護大学で看護教員とカリキュラム開発や教育方法を開発しました。カイロ大学看護学部プロジェクト(1994年—1999年)では、立山恭子さんがチーフアドバイザーとしてプロジェクト運営に当たり、成果としてその後看護学部は医学部から完全独立しました。また、ケニヤの医療技術強化プロジェクトの看護教育専門家として、成瀬和子さん(2009年博士課程修了)は、2001年(平成13)から2年間、ケニヤ国医療技術訓練学校の教員の教育能力の改善のために活動し、続いてスリランカの看護教育行政におけるアドバイザーとして保健省看護課を拠点に看護人材の質向上のために貢献しました。エルサルヴァドルの看護教育強化プロジェクトの二期派遣で、森山ますみさん(2008年修士課程修了)は、厚生福祉省看護課を拠点に、看護課および養成機関の看護行政官や養成機関の看護教師の力量を高める活動をしました。  ブラジルでの母子保健「光のプロジェクト」では、吉野八重さん(1997年卒)および毛利多恵子さん(1982年卒、1994年修士課程修了)が活躍しました。

国際看護教育と情報提供

その他、多くの卒業生・修了生が、国際協力機構の青年海外協力隊として、保健師隊員、助産師隊員、そして、看護師隊員として、さまざまな開発途上国の施設に派遣され、ボランティア活動をしています。また、これらの開発途上国での経験を基に、さらにより良い協力ができる様に大学院で国際看護学を学び、健康課題の研究をして、その研究情報をそれらの国に還元する働き方もしています。

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