芥川龍之介

出典: 聖路加看護大学史編纂資料室

人物

芥川龍之介は多くの短編作品を残している著名な作家です。代表作には、「羅生門」「芋粥」「藪の中」「地獄変」「歯車」などがあります。幼い頃から成績優秀で、第一高等学校に無試験で入学が許されました。その後、東京帝国大学文科大学英文学科に入学し、在学しながら作家人生を始めました。在学中、夏目漱石の弟子になり、多大な影響を受けました。卒業後、英語の教官として働きながらも、数々の作品を創作しました。教職を辞めてからは、毎日新聞社に入社し、創作を一筋に続けます。27歳の時に結婚し、3人の男の子の父親になりましたが、結婚の8年後、義兄の自殺、借金の肩代わりなど様々なストレスが重なりり、服毒自殺で35歳の時に生涯を閉じました。

(芥川龍之介生誕の地記念碑)

明石町との関係

芥川龍之介生誕の地は、中央区明石町10・11付近で、看板は聖路加看護大学の前にあります。 聖路加看護大学の校地に沿って、「芥川龍之介生誕の地」の説明板が立っていますが、これは昭和52年度に東京都中央区教育委員会の手で建てられたものです。 明治16年(1883年)ごろ、この付近(当時の京橋区入舟町8丁目1)に「耕牧舎」という乳牛の牧場がありました。1892年3月1日にその牛乳屋を営む新原敏三、の長男として生まれました。姉が2人おりますが、長姉は龍之介が生まれる1年前に6歳で病死しています。 龍之介は誕生後七ヶ月にして、母が精神に異常をきたしたため母の長兄、芥川道章に引き取られて、本所区小泉町(現、墨田区両国3町目)に移り、11歳で母親が亡くなったことにより12歳で芥川家の養子になりました。 つまり、明石町は、芥川龍之介が生誕し、生後7ヵ月まで過ごした出身地であるという関係があります。

参考文献

http://ja.wikipedia.org/wiki/

http://www.viva-edo.com/kinenhi/tukiji2/akutagawa.html

築地明石町今昔 北川千秋 1986年発行

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