聖路加看護大学年表

出典: 聖路加看護大学史編纂資料室

聖路加看護大学の変遷を年表でまとめています。


目次

創設以前

西暦 和暦 本学に関すること 社会のできごと
1900 M33 1月にR.B.トイスラー来日、3月に荒木いよ氏が研修のため渡米  
1902 M35 聖路加病院開設(20床)
1904 M37 聖路加国際病院において看護婦教育を開始(生徒数8名)

〔米国式看護教育・教育期間 : 2年、入学条件 : 高等女学校卒業〕  初代校長 ルドルフ・B・トイスラー 就任

1912 T1 聖路加病院新築資金の一部として大正天皇より御内帑金5万円下賜
1914 T3 第一次世界大戦勃発
1915 T4 看護婦規則公布
1918 T7 ミセス・セントジョン米国より看護教育のため招聘

トイスラー院長、ミセス・セントジョン救護班としてシベリアへ赴く〉

聖路加国際病院付属高等看護婦学校

西暦 和暦 本学に関すること 社会のできごと
1920 T9 聖路加国際病院付属高等看護婦学校開設

〔教育期間 : 3年、応募資格 : 高等女学校卒業、80名応募し、27名入学、15名卒業〕

1923 T129月 関東大震災により校舎・寄宿舎・病院焼失

10月 〈天幕病院(225床)設営〉、学生は天幕病院で起居し学習・実習を続ける

〈母子保健を中心とした訪問看護事業開始〉

〈東京市長依頼にて、院内に児童健康相談所開設〉

9月 関東大震災
1924 T13 仮校舎・寄宿舎完成

トイスラー院長勲五等瑞宝章受章〉

1925 T14 公衆衛生看護婦ミス・ヌノ招聘

〈スクールクリニック開設〉

1926 S1 築地産院にて産婆実習開始

〈文部省に学校保健婦を派遣〉

聖路加女子専門学校

西暦 和暦 本学に関すること 社会のできごと
1927 S2 (財)聖路加女子学園設立、文部省専門学校令に基づく聖路加女子専門学校開設

〈公衆衛生看護部誕生(ミス・ヌノ、斉藤みどり)〉

1930 S5 研究科(公衆衛生学専攻)開設
1931 S6 他校の卒業生の研究科入学を許可 満州事変
1933 S8 聖路加女子専門学校新校舎落成

ロックフェラー財団より40万ドルの寄付 〈聖路加国際病院本館完成(奉献式・開院式)〉

1934 S9 8月 トイスラー校長逝去

第二代校長 久保徳太郎 就任

1935 S10 修業年限4年に延長し、研究科廃止

〈病院内に「東京市京橋区特別衛生地区保健館(中央保健所の前身)」設立し、病院のスタッフと公衆衛生事業を移管〉

1936 S11 〈チャペル完成〉

〈財団法人聖路加国際メディカルセンター設立許可を受ける〉

1938 S13 他の看護婦学校出身者を対象とする公衆衛生看護学専修科(6ヶ月)設置(二回生で中止)
1940 S15 第三代校長 橋本寛敏 就任
1941 S16 第一種保健婦学校に指定

2月 校歌・校旗・校章制定

3月 ミセス・セントジョン、ミス・ヌノ米国へ帰国

7月 興健女子専門学校に改称、別科(2年)を附設

11月 中等学校教員免許(生理・衛生)無試験下附

12月 第二次世界大戦勃発

7月 保健婦規則制定

1942 S17 産婆学校の指定

〈聖路加国際病院から大東亜中央医道院に改名〉

1944 S19 3月 戦時下体制に則り厚生科修業年限を3年に短縮、研究科1年を設置

10月 中・高等女学校教員免許(家政科・育児)無試験下附

1945 S20 3月 東京大空襲により病院に傷病者多数受け入れ、学校地下体操場も病室となり学生も救護に従事する

8月 無期休校

9月 GHQに病院・学校とも接収

10月 授業再開(教室は中央保健所)    〈隣接する都立整形外科病院に移転し、診療開始〉

12月 校名を聖路加女子専門学校に戻す

8月 第二次世界大戦終戦
1946 S216月 GHQの指導のもと、東京看護教育模範学校となり、日本赤十字社救護看護婦養成部と合同授業開始
1947 S22 アリスの家(同窓生保養所、於鎌倉)を分校として聖路加幼稚園を開設し、育児科の実習実施
1948 S23 6月 研究科一年設置

研究科卒業生に中・高等女学校教員免許(家政育児)無試験下附

9月 第四代校長 ミス・ホワイト 就任、主事 湯槇ます 就任

戦後初の看護職の留学に卒業生四名(湯槇ます金子光高橋シュン、中道千鶴子)が選ばれカナダ・米国へ留学

7月 保健婦助産婦看護婦法(以下、保助看法)制定
1950 S25 保助看法に基づく甲種看護婦学校に指定
1953 S28 2月 〈病院の旧館接収解除、旧館に戻って診療再開〉

4月 旧館校舎(木造校舎)返還、築地での授業再開

5月 学校法人聖路加看護学園設立

聖路加短期大学

西暦 和暦 本学に関すること 社会のできごと
1945 S28聖路加看護短期大学開設
1954 S29 短期大学初代学長(通算第四代) ミス・ホワイト 就任

主事湯槇ます 東京大学助教授に就任し、後任に主事前田アヤ 就任

1956 S31聖路加国際病院・校舎接収解除(本館返還により、全ての接収が解除)
1957 S32短期大学第二代学長(通算第五代) 橋本寛敏 就任
1958 S33専攻科(一年)設置

保助看法に基づく保健婦学校に指定

1960 S35ミセス・セントジョン勲五等瑞宝章受章(看護教育への貢献に対して)
1961 S36〈外来部新築完成〉
1962 S37保助看法に基づく助産婦学校に指定

聖路加看護大学

西暦 和暦 本学に関すること 社会のできごと
1964 S394月 聖路加看護大学開設

9月 保助看法に基づく保健婦学校・看護婦学校に指定 大学初代学長(通算第五代) 橋本寛敏 就任

1966 S41橋本寛敏院長勲二等旭日重光章受章〉
1967 S42保助看法に基づく助産婦学校に指定(〜2008年)

教員免許高等学校教諭二級(保健)取得の教職課程認可(〜1989年)

1968 S43聖路加看護大学第一回生卒業(38名)衛生看護学士の称号授与
1970 S45創立50周年記念

図書館建設(同窓会より寄贈)、第一回公開講座

1972 S479月 学園ニュース創刊号発刊

〈聖路加国際病院新病院建設計画〉

1973 S48学生寮全寮制廃止(希望者のみ入寮)
1974 S49大学第二代学長(通算第六代) 日野原重明 就任

教員免許高等学校教諭二級(看護)取得の教職課程追加認可(〜1989年)

1976 S51学生寮全面廃止、編入学制度(三年次)開始(〜1989年)

工藤正四郎教授(微生物学)勲二等旭日重光章受章

1977 S52前田アヤ及び工藤正四郎名誉教授授与

第一回体育デー、同窓会第一回米国研修旅行

1980 S55聖路加看護大学大学院博士前期課程設置

同窓会によるミセス・セントジョン基金設置、 郡山(前田)アヤ名誉教授勲五等瑞宝章受章

1981 S56衛生看護学士の称号を看護学士に改称

三階大教室の増築完成

1982 S57第一回修士課程修了(6名)

近藤潤子教授(母性看護学)エジプト・アラブ共和国より勲二等受章

〈聖路加国際病院創立80周年記念〉

1984 S59聖路加看護大学大学院博士課程開設準備開始

大学開設20周年記念研修会

1988 S63聖路加看護大学大学院博士課程増設

WHO西太平洋地域コラボレーションリサーチセンターの候補に挙がる

1990 H2創立70周年記念

WHOプライマリーヘルスケア看護開発協力センターを受託

1992 H4〈聖路加国際病院新病院完成〉
1993 H5日野原重明学長勲二等瑞宝章受章
1995 H7〈サリン災害救助の拠点として多数の傷病者を救護〉 地下鉄サリン事件
1996 H8聖路加看護大学新校舎完成
1997 H9学士編入学制度(二年次)開始、博士前期課程にCNS(専門看護師)コース開始
1998 H10大学第三代学長(通算第七代) 常葉惠子 就任
2001 H13学則改正により男子学生に門戸を開く

大学院開設20周年記念、 立教大学と学術交流協定を結ぶ

2002 H14大学二号館開設

看護実践開発研究センター設置 大学院博士課程社会人入試開始

2003 H15文部科学省「21世紀COEプログラム」採択
2004 H16大学院修士課程社会人入試開始

海外の大学と初めて学術交流協定締結、オレゴンヘルスサイエンス大学(米国)、ヨンセイ大学(韓国)と結ぶ

大学第四代学長(通算第八代) 井部俊子 就任

“るかなび”開設

2005 H17大学院(ウイメンズヘルス助産学専攻)増設(保助看法に基づく助産婦学校に指定)

マヒドン大学(タイ)、マクマスター大学(カナダ)と学術交流協定締結 日野原重明理事長文化勲章受章

2007 H19養護教諭一種免許に関する科目開講

カリフォルニア大学サンフランシスコ校と学術交流協定締結 「がんプロフェッショナル養成プラン」開始

2008 H20認定看護師教育課程開設
個人用ツール