聖路加看護大学と聖路加国際病院との関係

出典: 聖路加看護大学史編纂資料室

病院付属看護学校としてスタート

病院と大学の創立者、トイスラー博士は日本の医療には、医師と協力して働くことができるレベルの高い看護婦の養成が必要であると確信し、1920年(大正9)、入学資格を高等女学校卒業生とする、修業年限3年の聖路加国際病院付属高等看護婦学校を開校しました。本学のルーツは病院附属の看護婦学校から出発したのです。  当初トイスラー博士が聖路加病院を設置した際に描いていたのは単なる病院ではなく、医療、公衆衛生、看護婦養成の大きな三本柱を包括する聖路加メデイカルセンター構想でした。聖路加病院での医療と地域の公衆衛生に関する社会的活動、看護婦養成教育を有機的に行うことが病院設立の目的だったのです。1996年(平成8)に現在の新校舎が完成するまで病院と大学とは棟続きの建物でしたし、組織は別でも病院は実習で学生を受け入れる、病院医師が非常勤講師として専門科目の授業を担当するなど、また、ボイラーやエレベーターなど施設設備管理面でも病院の支援はとても大きなものがありました。

病院と学校の分離

戦後制定された学校教育法で、学校法人のみが私立学校を設置できると定められたため「学校法人聖路加看護学園」が設立され、財団法人である病院と学校は異なった法人組織でそれぞれ医療、教育研究を行うこととなりました。1964年(昭和39)大学昇格の際に大学設置基準を満たすためには一定の校地が必要であるということから現在の聖路加ガーデンなどの病院所有地を無償貸与してもらい、そのおかげで大学昇格が実現しました。  また、現在の本学校舎は1996年(平成8)、聖路加再開発事業の中、大学独自で建築費を捻出することはとても難しい状況でしたが、聖路加国際病院の絶大な支援を受けて竣工しました。これらのことを勘案すると聖路加国際病院と聖路加看護大学の共同体意識がなければ大学の今日の発展はなかったといっても過言ではありません。


密接な関係

現在、法人としてはそれぞれ独立した個別の法人ですが、聖路加国際病院と聖路加看護大学とは聖路加コミュニティとして密接な関係を保っています。学校法人聖路加看護学園の役職上の理事として聖路加国際病院の院長が任命され、評議員も病院職員からの選出枠が明記されています。また、反対に病院の理事会や評議員会に本学の学長などが加わっています。さらに、院長、看護部長(副院長)、チャプレンが兼任教授として任命され、教授会のメンバーにもなっています。  他に大学図書館と病院の医学図書館との相互利用も図られ、学生食堂の給食サービスも大学単独では採算が取れないため、病院の職員食堂に委託しています。また、大学の施設全般を管理する中央監視盤は病院の防災センターとリンクしており、冷暖房は病院の地下に作られた地域冷暖房システムから供給されているなど施設設備の面においても病院と大学とは緊密な連携が保たれているのです。

個人用ツール