女子学院

出典: 聖路加看護大学史編纂資料室

目次

女子学院[1]

女子学院は1870(明治3)年、ジュリア・カロゾルスにより、築地居留地(鉄砲洲<現在の中央区明石町>にある外国人居留地<政府が外国人の居留と交易区域として定めた地域>)に設立されたA六番女学校に始まる、キリスト教主義(プロテスタント派)の学校です。

経緯[2]

A六番女学校設立後、B六番女学校(後の新栄女学校)・原女学校(原胤昭が引き継いだためこの名称)とミセス・ツルーをはじめとする婦人宣教師たちによりその精神は引き継がれました。1890(明治23)年に桜井女学校(1876年、桜井ちかによって設立)が新栄女学校と合併して校名を「女子学院」と改め、矢嶋楫子を初代院長として、現在地(千代田区一番町)に校舎を新築して発足しました。 戦後再建された校舎の老朽化に伴い、1992年に施設設備ともに新校舎を設立しました。


関連人物

ジュリア・カロゾルス

原胤昭

ミセス・ツルー

桜井ちか

矢嶋楫子

記念碑

1999年に翌年の創立130周年記念を祝して、築地明石町に「女子学院発祥の地」と名付けられた記念碑を聖路加看護大学の入口右側に設置しました。 もともとの女子学院発祥の地には、既に建物が建てられていたので、女子学院と縁のある上記大学の場所に置かれました。


[3]

女子学院発祥の地 ジュリア・カロゾルスが1870年、築地居留地6番にA六番女学校を創設、 米国長老教会に所属しました。 1999年10月24日(女子学院記念碑碑文より引用)

引用URL

[1][2]^女子学院の沿革 http://www.joshigakuin.ed.jp/jg_enkaku01.htm[2011-05-25]


参考文献・URL

女子学院の沿革 http://www.joshigakuin.ed.jp/jg_enkaku01.htm[2011-05-25]

築地居留地研究会編集/築地居留地-近代文化の原点-vol.1/東京 築地居留地研究会(p38)

個人用ツール