大学、大学院設置への道

出典: 聖路加看護大学史編纂資料室

目次

看護に大学が必要ですか

1963年(昭和38)9月30日に大学の設置認可を申請した書類は、10センチメートルの厚さです。そこには、9月20日に寄付行為を改訂し、大学の設置を決議したという理事会および評議員会の議事録、次いで「本学は女性に対し、衛生看護に関する科学的知識および技能を授け、学術を中心とした衛生看護の実践をなし得る指導的な看護専門職業人たるに必要な教育を施すことを目的とする。」という設置目的が記載されています。大学設置については、校地の不足が最大の課題であったようで、その証拠に申請書類には、校地確保にかかわる聖路加国際病院の理事会の記録も挟み込まれていました。  前田アヤ先生と檜垣マサ先生が文部省(当時)に日参し、「そらまた聖路加がやって来た」、と言われるくらいであったと、高橋シュン先生が学園ニュース249号(2000年)に書いています。ガリ版の手書きの書類がほとんどで、書類には〇字削除、〇字訂正の印があちこちに押されていることからも、ワープロやコピーがなかった時代、申請書の作成は大変な骨折りだったろうと推察できます。  戦後1954年(昭和29)から10ヵ年にわたった短期大学から大学への転換は、①短期大学3年に加えた1年の専攻科は、教育が分断されるので好ましくなく、4年の一貫教育にしたい、②今後少なくとも我が国の看護教育を短大レベルにするには、大卒の指導者が必要であると、その趣旨が述べられています。また前田先生は、大学設置の意味を、専門職であればさらに専門の勉強をきわめる道、すなわち大学院へ進める道を作る必要があったと記しています。  1964年(昭和39)1月25日に設置の認可がおり、橋本寛敏学長(当時)のもと、4月に大学一期生が入学しました。この年は、東京オリンピックが開催され、東海道新幹線が開通し、奇しくも東京大学医学部衛生看護学科が保健学科に改組された年でもありました。

看護に修士が必要ですか

前田先生は大学設置のときから、大学院を視野に入れていたと推察できますが、1974年(昭和49)、第四代学長に就任された日野原重明学長(当時)は、その時から大学院を作って日本の看護教育のシステムを発展させたいと考えていたと、語っています(「聖路加看護大学の70年」)。1979年(昭和54)の学園ニュース65号には、大学院構想は過去3ヵ年検討してきたことであり、今年は設置認可をめざすと明言し、翌1980年(昭和55)3月に認可がおり、4月に修士課程に一期生が入学しました。   大学院開設の準備の中で、文部省の担当官から、看護には単独で修士課程を構成するだけの内容があるかと問われたと、近藤潤子教授(当時)は回想し、大学院設置の追い風は、エジプトから吹いたと語っています。既に大学院を持つエジプトから、大学院教育のために教授派遣の依頼を受けた衝撃が、促進剤になったというのです(「聖路加看護大学大学院開設20周年記念誌」)。その頃本学を取材した高須須美子氏は、準備を進めていた本学より、千葉大学に一年先を越された、と悔しそうに語るのを聞き、先端を行くものの自負を感じたと記しています。

看護に博士が必要ですか

修士課程設置の後、日野原学長(当時)のリーダーシップのもとで、博士課程増設へ向けてさまざまな準備がなされました。教員の獲得や若手教員の育成を進め、教育課程の構築に全学で取り組んだ様子が、「聖路加看護大学の70年」の50〜54頁に詳細に記録されています。  博士課程の増設では、さらに看護学とは何か、他学問とどこが異なるのかの説明が求められました。看護学が独立した学問であることをいかに説明するか、書き直した原稿はダンボール箱数箱になったと、南裕子教授 (当時)が述べています(「聖路加看護大学大学院開設20周年記念誌」)。  1986年(昭和61)の申請は不備で審議にかかりませんでしたが、1987年(昭和62)11月に提出した申請書には、「看護学においては、健康問題をその人の日常生活の構造と機能の問題として、健康状態と人間の日常生活、環境との関連の上で捉える。また、看護学では、健康問題を持つ人々がその人々の健康状態を高めるための生活行動をより望ましい状態にしうるように直接的・間接的ケアを行う実践を重視する。」と看護学を説明しています。  日野原学長(当時)は、視察に訪れた設置審議会委員から、どこに研究室(実験室)があるのかと問われ、ケアの学位には病室と患者は必要だが、実験室はいらないと説明したと回想し、しかしこれは理解されなかったと、述べています。研究科長への就任が決まっており、審議会委員へ対応した常葉惠子教授(当時)は、看護職に対する多様なイメージを持つ人々へ、平易な言葉で看護学を説明する難しさを痛感したと述べています。

トイスラーの建学の精神

大学、大学院修士課程、博士課程と、本学は、看護の学としての発展を牽引し、困難な扉を開いてきました。また、看護教育の高等教育化の必要性と、学問としての看護を社会に示し続けて歩んできました。檜垣マサ先生が「私学として、また単科大学として幾多の困難はあるが、長い歴史のもとに建学の精神によって培われた伝統を失うことなく、不断の努力と前進する気風が本学の根底に流れており、これは顕著な特色としてあげられるのではないかと思う」と語った通り、トイスラーの建学の精神が、脈々と流れていることを感じます。

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