名前の由来

出典: 聖路加看護大学史編纂資料室

目次

大学の名前の由来

聖路加看護大学の英語標記はSt. Luke's College of Nursingです。この“St. Luke's”は後に聖人とされたルカの所有格で、“路加”はルカの当て字ということになります。この聖ルカは、どのような人物であったのでしょうか。ルカは、聖書に「愛する医者ルカ」(コロサイの信徒への手紙 第四章一四節)と出てくることから、医者であったと推測できます。また、パウロ書簡にその名が記されていることから、伝道者パウロの随伴者であったと考えられます。おそらくこれらのルカは同一人物であったのでしょう。そして、新約聖書の「聖ルカによる福音書」および「使徒言行録」の執筆者であると考えられています。彼は、イエスの昇天から50〜60年経った西暦80〜90年代に、それまで収集した数々の資料をもとに、イエス・キリストの使信の歴史を書き残しました。イエス・キリストによる世界の救済の使信を伝えた医師ルカの名を、世界中の多くの病院が病院名として用いています。


聖路加国際病院付属高等看護婦学校 誕生

では、本学の形態は、この90年間にどのように変遷したのでしょうか。誕生から現在までをたどってみましょう。本学の初めの一歩は、1920年(大正9)聖路加国際病院付属高等看護婦学校開設に遡ることができます。1915年(大正4)には看護婦規則が制定され、看護婦は公衆の需に応じ、傷病者または褥婦の看護の業を為す女子で、指定された学校で教育を受け18歳以上で看護婦試験に合格しなければなりませんでした。試験科目は人体の構造、主要器官の機能、看護方法、衛生、伝染病、消毒法、繃帯術、治療器械使用、救急処置などでした。看護婦学校への入学資格は高等小学校卒業または高等女学校2年以上の課程修了程度とされましたが、本学は、高等女学校卒業者のみを受け入れて、教育を開始しました。


聖路加女子専門学校

 1927年(昭和2)には、本科3年、さらに公衆衛生看護等を選択する研究科1年を併せ持つ4年制課程の聖路加女子専門学校となります。看護婦養成所としては、我が国唯一の最高学位の教育機関となりました。  敗戦を迎えた1945年(昭和20)には、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)に聖路加国際病院が接収されます。GHQの計画により聖路加女子専門学校は日赤の敷地内に移転となり、日本赤十字社救護看護婦養成部との合同による東京看護教育模範学院として1953年(昭和28)まで教育を続けました。

聖路加短期大学

 1954年(昭和29)、接収が解除された築地に戻り、聖路加短期大学(3年制)として教育を再開します。


聖路加看護大学

聖路加短期大学(3年制)誕生10年後の1964年(昭和39)には、聖路加看護大学となり、私学では本邦初の衛生看護学部として4年制教育を開始します。1976年(昭和51)には看護短期大学卒業生を対象とした編入学制度を全国に先駆けて開始し、1998年(平成10)まで続けました。  1980年(昭和55)には、全国で2番目、私学では初めての看護系大学院修士課程を設置し、そして、1988年(昭和63)には、全国で最初の看護系大学院博士課程を開設します。  1996年(平成8)には新校舎が完成し、現在の建物に移ります。翌1997年(平成9)より他学部を卒業した学士編入制度を設け、2000年度(平成12)からは男子学生の受け入れを開始します。また、大学院修士課程に専門看護師(CNS)コースを開設します。2002年(平成14)には、築地3丁目に新たな土地と建物を得て、大学の2号館として看護実践開発研究センターを開館します。2003年(平成15)には文部科学省が設けた研究拠点形成費である21世紀COEプログラムの交付申請が認められ、「市民主導型の健康生成をめざす看護形成拠点」としての研究が盛んとなり、これによって本学の大学院教育が一層充実してきました。2005年(平成17)には、修士課程にウィメンズヘルス・助産学専攻が増設されました。

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