ナイチンゲールの手紙

出典: 聖路加看護大学史編纂資料室

聖路加看護大学にはナイチンゲールがジョージ・ヒギンソン卿に宛てた2通の手紙が展示されています。


概要

フローレンスナイチンゲール(1810-1920) クリミア戦争(1853-1856)での看護活動から「クリミアの天使」「灯火を掲げる淑女」と称賛されました。戦後は英国の衛生と社会改革に貢献し、近代看護教育と実践の原則を確立し、医学教育制度に大きな改革を起こしました。また、当時としては優れた統計学者でもあり近代統計学の発展に貢献したことでも有名です。

ナイチンゲールは医師や科学者達と文通をし、出来るだけ最新の科学情報を集め、それを行政に反映させようと、官僚達に積極的に働きかけました。また、当時の政治的権力者やとも交流を持ち、助言や援助を求めました。生涯2万通近くに及ぶ手紙を書いたと推測され、ビクトリア朝でもっとも多くの手紙を書いた人といわれています。

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この手紙は聖路加看護大学の図書室に展示されており、クリミア戦争の英雄と称されたジョージ・ヒギンソン卿[1]宛に1888年6月13日と1907年12月3日に出されたものです。1870年頃からナイチンゲールは看護師のリーダー育成に力を注ぎ、1886年には英国看護協会が設立されました。晩年を迎えたナイチンゲールがこのような時代背景の中、書いたものです。主な内容は、ゴードン大佐によって設立された少年療育院についての施設改善の提案や看護師のすべきこと、総婦長(マトロン)病院の責任について書かれています。また、新人看護師の担当責務について、しっかりとした教育が大事であり、マトロンに関しては、直接女性と面接し、人物を見極めるべきであるとも書かれています。施設改善の提案に関しては、病室や病院寮に関して、建築的視点からの提案も含まれており、 家具の寸法など細かい情報も含まれています。ナイチンゲールの科学的、かつ理論的に分析をする姿勢がここにも表れていると言えます。



引用文献

[1] ^http://wpedia.goo.ne.jp/enwiki/George_Higginson


参考文献

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