トイスラー記念碑

出典: 聖路加看護大学史編纂資料室

トイスラー記念碑はトイスラー記念館を正面にして右側にある。
この礎は2002年に聖路加国際病院創立100年を記念して設置された。


目次

トイスラー記念碑に刻まれた言葉

本院は創立以来、キリスト教精神の下に病む人を中心とした医療と看護を実践してきました。
その精神は百年を経た今日も受け継がれ、永遠に生き続けています。
キリスト教の愛の心が人の悩みを救うために働けば苦しみは消えてその人は生まれ変わったようになる。
この偉大な愛の力を、だれでもがすぐわかるようにあらわせるよう、計画されてできた生きた有機体がこの病院である。
財団法人 聖路加国際病院 2002.10.18

トイスラー記念碑


聖路加国際病院設立の背景

トイスラー(Dr.Rudolf Bolling Teusler)は1900年(明治33年)1月、聖公会宣教医師として来日。 そして米国のスタンダートな看護婦を養成して聖路加病院の患者へのよき奉仕を施し、ひいては低い標準の日本従来の看護婦及びその養成施設の向上を図ることを目的として翌年の1901年に聖路加病院を設立した。 当時の日本の看護婦は実務につきながら訓練を受けていて患者の看護よりも、むしろ医師の診療義務の補助者として働いていた。 日本の医学を医療に応用して効果をあげるために女学校を卒業した女子を病院に採用して2年間看護学を勉強させながら、病院の中で実習をさせた。 そうすることで看護婦の資質を向上させ、医師と協力して働くことのできる者を輩出した。これが病院設立におけるトイスラーの狙いだった。


設立当初における聖路加国際病院

トイスラーは日本の医療水準の向上を大きな目的としていたが、患者だけでなく医療従事者にとっても最適な環境になるように努めた。 まず、トイスラーは叔父が判事という影響もあって熱心なキリスト教信者であった。信仰者としてすべての事にあたりキリスト教信仰を中心においた。それより、設立当初はミッション病院として無料患者の取り扱いが行われていた。他にも福祉施設での診療援助や病院内にチャペルをおくことで人々に癒しを提供した。 またトイスラーはマネージメント力に優れており、かつリーダーとしてのビジョン・決断力をもっていた。高レベルの医療の実現のために、多様な職種(医師・看護師はもちろん、検査技師や栄養士など)でのサービスの質の向上、患者だけでなく職員にも快適な環境づくりにも尽力した。


参考文献

  1. 聖路加看護大学50年史編集委員会(1970):『聖路加看護大学50年史』京屋出版
  2. 聖路加看護大学創立70周年記念誌編集企画委員会(1990):『聖路加看護大学の70年』ブンセン出版
  3.  聖路加看護大学大学史編纂・資料室編(2010):『聖路加のあゆみ』
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